「お菓子っていうのは、自分が気に入った人にあげる、最高のプレゼントなんだよ」
そんな事を、よく父に言われていた。
最高のプレゼント。
お菓子が、相手にとって、最高の?
逆に、自分はお菓子を貰ったら、そこまで喜ぶのだろうか。
プレゼントが相手にとって最高のプレゼントなら分かるが、お菓子が最高のプレゼントなのは、あまり意味がよく分からなかった。
「…お菓子なんて、食べたらそれで終わりじゃないか」
チョコの覆われているギンガムチェックの紙を破き、チョコを口へ放り込む。
舌で感じる、確かなチョコの甘さ。
この甘さが、永遠に続けばいいのに。
そう思い始める頃には、もう既にチョコは自分の胃袋へ移動してしまっていた。
お菓子なんて、所詮は消費されていく物なのだ。
微かに口の中でチョコの香りが漂っているが、それもすぐに違う物を食べて、香りなんて残らなくなる。
物心ついた頃には既にお菓子の魔法を全て憶えてしまっていた為、今更お菓子から離れるわけにもいかない。
「…お饅頭が食べたいなぁ」
今思えば、お菓子の魔法を全部憶えたとはいっても、憶えたのは英国のお菓子の魔法だけだ。
和菓子の魔法なんて、憶える事が出来なかったからだ。
何故なら、和菓子などの日本のお菓子は傷みやすく、日持ちが出来ない為、憶える必要が無いと思ったからである。
…もうすぐ、夕方になりそうだ。
先程からずっと公園にベンチに座って考え事をしていたが、そろそろ飽きてきた。
ふと、目の前の噴水の向こうに、どんぐりガエルがいるのが視界に入った。
「ケローンケローンケロローン…」
カエルは、やけに楽しそうに歌いながら、ネス湖の方へと向かっていった。
「…カエルが鳴くんなら、僕もそろそろ帰った方がよさそうかな」
箒を片手に持ち、ベンチから立ち上がる。
僕は公園を後にした。
あまり飛んで帰るのは少々面倒なので、ゆっくりと歩いて家に帰る事にした。
…だけど、あまり僕は家に帰りたくはない。
父がいるからでもないし、仕事が待っているからでもない。
家には、誰もいないからだ。
「…レムレス、先輩?」
「えっ?あ、ああ、フェーリか。どうかしたの?」
気づかない内に背後にいた自分の後輩に、少し動揺する。
彼女は、珍しく寂しい顔をしていた僕に、少し驚いている様子だった。
「い、いいえ…ただ、先輩が…寂しい顔するのって、私の前では初めて、ですよね?」
「うん…多分ね」
別にキミの前で言ったつもりは無かったのだけれど。
いつも明るい顔をした僕の顔しか、彼女は知らない。
わざわざ彼女に見られない様に、色々細工はしていたつもりだった。
だが、残念な事に、たった今見つかってしまった。
「も、もし何か悩みとか相談事とかがあるんでしたら、是非私に話して下さい!私、先輩の為なら、」
「フェーリ」
「は、はい!」
彼女の綺麗に手入れされた紫の髪を、僕は優しく手でとかしながら言った。
「たとえキミでも、とても分からない難しい話なんだ。キミの今の言葉は、とても嬉しかったよ。ありがとう、フェーリ」
「先輩、私…」
フェーリは、子供扱いされるのがとても嫌いな子だ。
だから、僕の発言は少し彼女にとって、可哀想だったかな。
「可哀想な事言ってごめんね。ほら、さっきのお礼だよ。僕特製のスイートキャンディーをあげようね」
と僕は言い、マントの裏から一本の棒付きキャンディーを出して見せた。
今回のキャンディーは、ホワイトにパープルライン、その上にもう一本、オレンジのラインを加えた、グレープとオレンジのキャンディー。
確か、フェーリは柑橘系も食べられたよね。
…けれど、フェーリはキャンディーをなかなか受け取ってくれない。
「…ごめんなさい、私、さっきの先輩の表情があまりにも珍しくて…気になってしまって……」
フェーリは、いつも持ち歩いているお気に入りのダウジング棒を握り締めながら言う。
「きっと…先輩は、明日になったら、今の事をすっかり忘れてしまう!だから、今、全部、話して下さい!」
「…フェーリは、いい子だね」
えっ、とフェーリが驚く。
「本当に、いい子だよ。先輩の言葉よりも、自分の信義を貫く。帰るのが遅くなって、親に迷惑をかける。先輩の話のせいで気がおかしくなって、クラスメイト、ペット、世界の自分を知ってる人皆に迷惑をかける。……こういう行いを自ら進んでやろうとする子って、僕、嫌いじゃないよ」
「先輩…?貴方、本当にレムレス先輩……!?」
僕は、静かに頷く。
「違う!私の…大好きなレムレス先輩は、いつも私を守ってくれて、いつも私に優しくしてくれて、それに一緒の学校に通って、」
「自分の創ったお菓子を毎日後輩に与えてるんだよね。」
フェーリは、自分の蒼い瞳をめいいっぱい開いて、恐怖に満ちた顔で僕を見つめた。
「僕の特製お菓子達を毎日毎日食べてくれたキミには、ご褒美に僕の家へ招待しよう。」
真っ青だったフェーリの表情が、少しずつ明るくなる。
「せっかくのお客様だ、お菓子をたくさん用意しようね。フェーリの好きなお菓子は、ガトーショコラとパンプキンパイだったよね」
こくり、とフェーリは頷く。
「こんなに可愛い後輩がいて、僕は幸せだなぁ。」
フェーリの顔は、次第に恥ずかしさと嬉しさで、真っ赤に染まっていく。
「自分のもらったお菓子に何が入ってるかも知らないで、何でも美味しそうに食べてくれた」
フェーリの瞳は、混乱と想像で満たされていっていた。
「先輩の…お菓子に、何か…入ってた…!?」
「キミの様な駆け出しの可愛い魔導師ちゃんは、僕の魔法の粉の存在には気づかないんだろうね」
歌う様に、僕は言葉を紡ぐ。
「さぁ、おいで。僕の家へ、ご案内しましょう。僕の可愛いフェーリ。」
まるでどこかの紳士かの如く、僕は華麗に、上品に、フェーリに手を差し出した。
「先輩…貴方は……家には、何があるの…?」
「…それは、来てからのお楽しみ。もし大人しく僕の家に招かれてくれるのなら、壮大なおもてなしをしよう。」
フェーリは、自分の胃袋へと入っていったお菓子達に紛れ込んでいる゛魔法の粉゛の真相が知りたくなり、大人しくレムレスについて行く事にした。
「…必ず、私を無事に家に帰してください」
「大丈夫だよ、キミを傷つける気なんてさらさら無いからさ」
レムレス。その先輩という存在に、フェーリは自分の安全をかけた。
レムレスはフェーリの手を取り、人気の少ない路地裏から自分の家へと向かった。
「暗い所歩かせちゃってごめんね」
「いえ…」
「そうだフェーリ、家に着くまで、僕の昔話でも聞くかい?」
「昔話…ですか?」
「…そう、僕の名前が何で゛レムレス゛なのか、とかね」
フェーリが、僕の右手をギュッと掴む。
「怖いかい?」
「!いいえ!!是非…聞きたいです。先輩」
クス、と僕は笑う。
微かに震えている彼女の右手を、優しく握り返した。
「…僕の名前ってね、少し不思議な由来から来てるんだよ」
「不思議な…由来?」
「そう…あ、この辺りは危ないから、気をつけて歩いてね」
廃墟となった建物を、レムレスはするすると潜り抜ける。
それを手本にして、フェーリも頭に当たらないギリギリの距離で、建物や瓦礫を避けて進んだ。
「…元々、僕の家の家系は皆、有名な白魔導師だったんだ」
「白魔導師、って…あの、純白の服を着ていて、人々に幸せをもたらしてくれる魔法使いの事ですか?」
「うん。…それで、僕が小さい頃に一時期、親に反抗的な態度を取っててね。あの時は白魔導師なんかより、黒魔導師の方がずっとカッコいいなぁと思ってたんだ」
フェーリは、想像を膨らませた。
(反抗期の時の…レムレス先輩?)
「どうしても親がお前は白魔導師になれってうるさいから、とうとう僕は家を出て行ったんだよ。」
目の前に群がる、薄気味悪いカラスを追い払う。
黒い羽が、頭上に降り注いだ。
「あの時は大変だったなぁ。大好きだったお菓子も全部隠されちゃってて、食料が何も無かったから、仕方なく兄弟のおさがりの深緑色のローブとか帽子を持って、家を飛び出したんだ。」
「え…じゃあ、先輩は、一体何を食べて…」
フェーリの言葉を聞いた途端、レムレスはクスクスと笑い出した。
「勿論、家に帰ったよ。小さい頃は、気分がすっきりしてないと、お菓子の魔法なんて使えもしなかったからさ」
いつものプリンプの町並みとは雰囲気の全く違う、怖い位静かな森林が見え始めた。
「兄弟が僕を慰めてくれたんだけど、すぐにいつもの真っ白な服に着替えさせられたんだ。父はとても怒った様子で、僕を連れて自分の部屋に入った」
レムレスは、振り返る。いつもの明るい笑顔だ。
「…父は、僕に何をしたと思う?」
「…えっ?何って…」
レムレスは、いつもの柔らかく優しい口調を止めた。
「僕の右半身に、゛魔法の粉゛を注射したんだ」
その言葉を耳にした瞬間、フェーリは左手で自分の口を押さえた。
フェーリの足が止まる。レムレスも、続いて足を止める。
「大丈夫、フェーリ?…僕の右半身はね、あっという間に使い物にならなくなった。」
「せ…んぱい、止め…」
「…ああ、そうか。フェーリ、僕を哀れんでくれてるんだね」
レムレスは、フェーリの頭を優しく撫でた。
「ありがとう。……とっても嬉しいよ。僕がこの話をした瞬間、みーんな身体の中の粉が反応しちゃって、動かなくなっちゃってね」
フェーリは、身体の中を駆け巡る悪寒と痺れ、そしして痛みに、ひたすら耐えた。
「だけど、キミは違うみたいだ」
レムレスの右手は、フェーリの頬を伝う涙を優しくすくった。
「可愛いフェーリ、僕のお菓子は美味しかった?」
右手に付いた、大粒のフェーリの涙を舐める。
砂糖の様な、甘い味がする。
「…おっと、甘さが行き過ぎちゃったかな。あんまり甘ったるいのは、僕の好みじゃないんだ…そうだ!」
「せん、ぱい、足が…」
「大丈夫、キミは無事に家に帰れるよ。だって、最初に約束したもんね」
レムレスは、フェーリの足が動かなくなったのを確かめると、フェーリの身体を軽々と抱え上げ、お姫様抱っこをした。
普段こんな事をされたら、フェーリの心臓は心拍数が限界まで達し、心臓発作を起こして死んでいる事だろう。
「お姫様がご帰宅をお望みなら、早急に処置を終えましょうね、フェーリ」
フェーリは、こくこくと頷く。
「まずは、僕の家に行こうね。あそこにしか、キミを元に戻せる薬は残ってないんだ」
レムレスは、手を使わずに、周りの森林に自分の家への道を作らせた。
沢山の木が、二人の為に、アーチの様に曲がっていく。
「ほぅら、もう平気だよ。一旦、キミは眠って体を休めるといい」
言葉を返す余裕も無く、フェーリはレムレスの腕の中でゆっくりと眠りにつく事にした。
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「先輩~、この服、なんだか私には大きすぎる気がするんですけど…」
女の子の声。
「そうかな?じゃあ、特別に少しだけ縮めていいよ。」
先輩の声だ。
「やった!有難う御座います、レムレス!」
「あはは、ほらほら、゛先輩゛って付け忘れてるよ。あの子を真似るの、難しい?」
「いいえ!あんな女よりも、素敵な後輩になって見せますよ!」
「う~ん…キャラ作りはいいけど、流石に48代目ににもなるんだから、47代目を見習わないと。まずは、バル。キミのペットなんだ。この写真、見て。」
バル…ですって?先輩、バルは私のペットじゃ…
「まあ、可愛らしい犬ですね!この犬は、47代目が召喚したんですか?」
「ああ、そうだよ。キミも、他に何か召喚してみてもいいけど…この子の事は見捨てないであげてね。」
「はい!」
「よし、いいよ。扉を出たら、キミの新しい世界の始まりだ。」
今、分かった。
私は、お皿の上に乗っているんだ!
それと、気になるのが…
「やあ、フェーリ。今までの47代目の人生、ご苦労様。」
レムレス先輩!
さっきのヘンな女の声が聞こえない。やっと先輩と私を二人きりにする気になったのね!
「キミの人生の最後は、何がいいかな?」
え?先輩、何を言ってるんですか?…私の人生の最後、って…
「僕と同じ運命を辿るもいいし、僕がキミを食べてあげてもいい。あの女の子をどうにかしても構わないんだよ。」
レムレス先輩は、笑顔のまま、奇妙な事を話し続ける。
「47代目のフェーリ、キミならどうするの?」
フェーリは、心からこう叫んだ。
「私は、ずっとずっとレムレス先輩と一緒にいたい!!」
その瞬間。
「…フェーリ、大丈夫?」
「心配したよー」
「もうしぱらく、身体を休まれた方がいいですよ」
「フェーリ…さん…大丈夫、ですか…?」
「…何、ここ…レムレス、レムレス先輩はッ!?」
フェーリは、布団から飛び起きると、周りをぐるりと見回した。
もしかして、全部、夢だったの!?
フェーリは、患者のパジャマ姿のまま、誰がいたのか、ここは何処なのかを全く確認せずに、元いた部屋を飛び出した。
「先輩!!何処にいるんですか!?」
廊下で立ち止まって叫んでいると、その内アコール先生やバル、アミティやシグ達がやって来て、フェーリを部屋へ戻そうとした。
「やめてよ!!私は、レムレス先輩を探してるの!!離して、先輩を探しに行かせてッ!!」
フェーリは、必死にそう言った。
すると、驚きの発言が上がって来た。
「フェーリ、その…レムレスって、誰?」
「新しい転校生ー?」
「…フェーリさん、貴方は疲れているんです。一度、病室へ戻って、身体を休めて下さい。」
フェーリは、自分の身体を見つめた。
ほのかに、甘い香りがする。
よく見ると、小さな子供が、自分にしがみついていた。
深緑色の帽子に、服に、ズボン、マント…小さな箒に、ところどころパッッンに切られている銀色の髪の毛。
「…貴方、まさか…レムレス…先輩?」
そこにいた人の全員が、えッ、と驚きの声を上げる。
自分からその子を引き離してじっくりと見てみると、レムレス先輩が話してくれた幼い頃のレムレス先輩にイメージぴったりの男の子がいたのだ。
「…もしかして…フェーリお姉ちゃん?」
涙がこみ上げて来る。
「レムレス先輩!!」
結局、私が病院に運ばれていたのは、森林の中で一人倒れていて、やけに気分が悪そうだったからであり、小さいレムレス先輩がいるのは、あの時のレムレス先輩が私の願いを聞いてくれたからに違いないと思いたかった。
仕方が無いので、小さいレムレス先輩は、私の家で引き取ることにした。
なので、残り少ないかどうかよく分からないけれど、運命に縛られず、開放的な人生を過ごしたいと思う。
相変わらず、お菓子は食べられないけれど、いつか口にしてみたいと思う。
たとえ嫌な物が入っていたとしても、あのレムレス先輩の呪文なのだから、気にしない事にしよう。